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2011-01-31

人生観「意味への意志」

精神科医のフランクルは、「意味への意志」という視点を軸に

生きがいの問題を考えている。















「我々が人生を問うのではなく、我々が人生から具体的な問いを通して問われているのである。

我々が、生きる意味や生きがいを問いかけるのではない。人生が我々に問いかけているのであり、

生きがいや幸福といったものは、自分を必要とする何かや誰かからの問いに、

具体的に答えることによって、結果として芽生えるものである。

そこには意味中心・人生中心の人生観がある」






と、彼は述べている。




このコトバを読んで私の心の中に衝撃が走った。








「人生って何なのだろう?」と問いかけることしかこれまでしていなかったように思う。


”人生から問いかけられている”







こう考えると、心が動く、受身ではなく、能動的になっていく。











偉大なる「人生さん」、あなたは私に何を求めていますか?


今は答えは出ませんが、あなたに恥じぬよう、


これから生きていきます。




なんちって(笑)





皆さんはこのコトバ、どう思われますか?
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2011-01-30

学ぶということ

久しぶりの更新である。






先週1週間は大学の期末試験週間で猛勉強!(一夜漬け?)の日々であった。
















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認知科学、発達心理等の単位認定試験を受けたわけだが、


最近は「学ぶこと」、つまりは勉強することが楽しくて仕方がない。


勉強が楽しいと感じたことは、人生初である。


自分の人生の中でこんな時が訪れるとは!















20081122174558.jpg






かの有名なヘレンケラーは以下のような言葉を遺している。














「人も知識を少しずつ習得していくことによって、ついには真珠のように光り輝く思考をもっているのだ」



と。




確かに、様々な科目を勉強し、知識として習得することで

これまでの人生・臨床経験や現在感じていることの分析力というものが

身に付いているように自負する。







現在、主体的に学べているから楽しいのである。

自分の意志なのだ。

主体的に動くということが、どれほど幸せなことか。







30歳を過ぎ、今が一番勉強が


楽しい

2011-01-22

作業科学の「力」

今日、オープンキャンパスがあった。

この時期は参加者数が少ないのだが、社会人2名、高校2年生2名、計4名が参加された。

社会人2名は、理学療法学科か作業療法学科で迷っているとのことであり、

いわゆる、その「違い」が分からない、とのことであった。

この辺りはほとんどの参加者がそうで、「リハビリ=理学療法」というイメージだ。

じゃあ、作業療法って何するの?という話の流れで進めていった。


「作業疎外、作業剥奪、作業不均衡、作業周縁化」


この言葉自体は小難しく聞こえて引いてしまうと考え言っていないのだが、


これらの意味を私の経験談を交えながら話し、


先月の作業科学セミナーでの講演内容(オーストラリアでの取り組み、一般市民に対する「作業」に関する講座等)を私なりの表現で説明した。


そして・・・







「障がいを負うことで、していたことが出来なくなり、役割を失い、生きる意味や価値を失い、

 自分がこの世に生きる存在価値が見出せなくなる。見出すためには「作業」が必要。

 ROMが改善する、筋力が向上するだけでは、自分の存在価値は見出せない。

 生きる意味、自分の存在価値を見出すことのできる「作業」ができるよう我々作業療法士は

 支援していく」

 





と、いったような内容を私なりに熱く語った。









 体験授業終了後・・・


 迷っていた2名が、





 「作業療法学科にします」



  と。


私は、作業療法学科に入学を決めたこと以上に、

私の「思い」が、

「通じた」

ことがものすごく嬉しかった。
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「作業療法を語る」という「作業」が、私にとって意味ある作業と感じた。


作業科学の視点をもつことは、



「ひとのこころ」を動かすことに繋がる。


そんな気がしてならない。




作業療法学科に入学を決めた学生に対し、

これからの4年間で、彼らに作業療法の魅力を伝えることはもちろん、

本人がそれを自覚するよう私から働きかけることもしなくてはならない。









作業科学の「力」を感じた1日であった

2011-01-18

デス・エデュケーション(死への準備教育)

「デス・エデュケーション



これは「生涯学習」を論じる際に使われる言葉である。




兵庫県教育委員会は、神戸大震災の経験から、

「生と死を考える教育」

を始め、その提言書の中で以下のように謳っている。










「人間であるかぎり死を免れることはできない。

 死というものを意識し、自己の存在の有限性を自覚するとき、

 人は、かけがえのない人生の大切さを認識し、より豊かに、

 より積極的に生きることを考えていくものである」



この言葉をOTとして捉えたとき、キーワードになるのは


「自己の存在の有限性を自覚するとき」


ではなかろうか。


自己の存在の有限性を自覚するとき、


そこには「作業」が必ず存在するだろう。





私はまだ32歳、「死」というものにリアリティを感じない。

だから、「死」を簡単に語ってはいけないのかもしれない。


しかし、臨床現場時代、そして現在、大切にしている言葉は




「これをやったら死んでもいいと思えることは何ですか?」




である。



「これをやったら」=「作業」










皆さん、これをやったら死んでもいいと思えることって、





「何ですか?」

2011-01-16

ターニングポイント

人生に”たら、れば”は無いが、時々自分の人生の分岐点について考えることがある。








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以前このブログでも述べたが、私は工業高校電気科出身である。

電気工事士という資格があり、それを高2で受けるのだが、

野球バカだった私は勉強などほとんどせず、当たり前だが不合格。


私の人生にとっては、ここが




「ターニングポイント」


だ。









不合格後電気の勉強の内発的動機が得られなくなり、自分の今後の人生なんて

全く考えてなかった。



作業療法士を目指した動機も特にあったわけでもなく、

何となく・・・














「リハビリの先生カッコよさそう」

である。







それが今では「作業療法」に魅せられた、


野球バカならぬ、


「作業療法バカ」
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である。









電気工事士に合格していれば、もちろん作業療法士にはなっていないであろうし、

この職があることすら知らなかったであろう。







作業療法士になったから、今の家族があり、友人があり、


これからの



「出会い」




がある。






もし、「運命」や「神様」が形あるものであったとするならば、

芋焼酎でも持っていって、
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「作業療法士に導いてくれてありがとう」




と言いながら盃を交わしたいものだ。

2011-01-12

とあるパティシエの方とのやりとりから・・・

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私の勤める専門学校は、医療のみならず、様々な職種を養成する専門学校グループである。

グループ内教員研修等で、そういった様々な職種の方々と出会うことがある。

最近、パティシエ学科の先生とのメールのやりとりで、

その方がこういうことを言われた。













「お菓子を作ることしか能が無いですから
 
 でも、それでおいしいって言われることが

 私の一番の幸せっ


20101119141741_02_400.jpg



この言葉を見た瞬間、こんなことを瞬時に思った。


「作業療法士としてって考えたとき、私の一番の幸せってなんなのだろう?」

と。


対象者と笑って話をする?学生の笑顔を見ること?

いやいや、そうではない、等など、

いろんな事は思い浮かぶが、答えは出ない。

答えが出ないことが良いことなのか?

考え出すと停まらない、迷宮入りしてしまう・・・


ぼちぼち、考えていこう・・・







最近思う。

教職となり、様々な職種の方と知り合うことが増えたことは私に様々な刺激を与えてくれる。

そこには色んな価値観や、生き方や、人生がある。

対象者の「人生」や「生き方」を考える作業療法士であるからこそ、

職種の違う方々の「生き方」や「人生(観)」に興味を抱き、考え、そして、

自らの生き方を「考える」のかもしれない。




もしかすると、こんなことを考えている、この時間がOTとしての私の



「幸せ」


なのかもしれない・・・

2011-01-11

すべてへ

すべてへ

♪風が吹かない そんな場所でも 僕たちが走るなら 感じることができる 
吹くだろう風 なんて待つなよ 無いものを嘆くより 作ればいい 風だって♪








私が20歳頃大ブレークしていた19の「すべてへ」の歌詞の1部だ。


この歌詞を聴いて、10年前には思わなかった、私が今思うことを綴っていきたい。







仕事をしていくと、どうしても不平不満が溜まる(誰もがそうではないのだろうが)


特に上司に対する不平不満が。




いわゆる愚痴であるが、今振り返ると前職場に勤めてから2・3年目頃は特に強かったように思う。


強引なやり方、理不尽な言葉…


上司の愚痴というか、悪口を言うことで何とか自分を保っていたのだと思う。

ただ、“文句を言うだけの人”。




現職でも不平不満はもちろんある。


強引なやり方、保守的な上司…


ただ、これだけは自信を持って言える。



“建設的な意見を持っている”





私も人間、稀に上司のことで愚痴ることはある。

しかし、常時心に抱いているのは、

「動き」がない責任を、上司に全て押しつけていないだろうか?


“自分は何かやったのか、やろうとしたのか?”


動かない上司が動くのを待つのではなく、自分から、上司を、組織を、動かす。








もう一度、19の歌詞を。

♪風が吹かない そんな場所でも 僕たちが走るなら 感じることができる 
吹くだろう風 なんて待つなよ 無いものを嘆くより 作ればいい 風だって♪


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組織の中で働くって、こういうことじゃないかと最近思う。

2011-01-09

自己効力感

「自己効力感」



これは、カナダ人心理学者アルバート・バンデューラが提唱したもので、

その意味は、

”外界の事柄に対し、自分が何らかの働きかけをすることが可能であるという感覚”
(ウィキペディアより)

である。


次に、自己効力感を生み出す基となるのは、

1.達成体験(最も重要な要因で、自分自身が何かを達成したり、成功したりした経験)
2.代理経験(自分以外の他人が何かを達成したり成功したりすることを観察すること)
3.言語的説得(自分に能力があることを言語的に説明されること、言語的な励まし)
4.生理的情緒的高揚(酒などの薬物やその他の要因について気分が高揚すること)
5.想像的体験(自己や他者の成功経験を想像すること)-O.マダックスによる。


上記5つとしている。(ウィキペディアより)



簡単に言えば、

「イケてる」自分を感じることではなかろうか?
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私自身もそうであるし、実習での(その前後も含む)学生は、

この「自己効力感」を全くと言って良いほど感じていないのではなかろうか?



作業療法士の山口昇は、

学生が自主的に学ぶようになるには、自己効力感が必要であると述べている(OTジャーナル2005年12月号)


私の人生を振り返ると、この自己効力感を感じる感じないの葛藤の連続であったように思う。


だからこそ、現職では学生に少しでも自己効力感を感じるよう働きかけているつもりだ。



しかし、このブログを綴りながら思ったことは、

私の口先だけで自己効力感を感じるような働きかけをしてはいなかっただろうか?

ということだ。



口先だけでなく、学生が自ら何かを他者に働きかける、いわゆる「仕掛け」を私からしていくべきではなかろうか?

と自身に問う。




来週より、3年生は評価実習が始まる。

きっと多くの学生が「自己効力感」を感じないであろう。

実習地訪問に出向いた際、学生との面談で必ず聞くことがある。


「実習中にイケてる自分を感じたこと何かある?」
と。


「出来る自分」「している自分」をしっかり感じて欲しい。

臨床現場が、大変だけども、自己効力感を感じられる場であってほしいと切に願う。

2011-01-07

「ひと」をどう捉えるか?

まず、この文章を読んでいただきたい

①「ある男性対象者が30分遅刻してOT活動に参加した」







次に、この文章

②「滅多にOTに参加されない、ある男性対象者が30分遅刻してOT活動に参加した」





この2つの文章、似たような感じだが、印象が違う.

“滅多にOTに参加されない”


という一言が加わっただけで印象が大きく変わる。


①はマイナス(否定的側面)に捉え、
②はプラス(肯定的側面)に捉えている。





私も含めてだが、セラピストは対象者をマイナスに捉える傾向にあると考える。


愛他的な面が強く働き、

「弱き者を助ける」

ではないが、


治す(治したい)部分ばかりに目がいく、つまり、問題点ばかりを観てしまう。


自分が身体を“治した”英雄になりたいと言わんばかりに…








“自分自身が他者に評価される時、マイナス面ばかり見られて気分が良いか?”




この言葉を、日々学生に言いながら、自分にも言い聞かせている。


身障(特に急性期~回復期)と精神で捉え方の違いはあるかもしれない。



我々医療人は、ともすると、


対象者を「患者」として捉えてはいないだろうか?


「患者」と位置づけることで、自分を偉い(上の)立場に位置づけてはいないだろうか?



「治しているのは私だ!」



と、勘違いしていないだろうか?
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私は「患者」という言葉が大嫌いである。


「患者」と位置づけることで、その、いわゆる、「患者」の問題点ばかりを探る方向に意識が動く気がしてならない。


「患者”様”」……

意味が分からない。

寒気がする!






要は、目の前にいる対象者のプラス面(肯定的側面)、1人で(自力で)していることに意識を傾けるべきだと考えるのである。




OTとして、いや、「ひと」として「ひと」をどう捉えていくかである。

2011-01-06

ゆずの詩から教育について思う

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ゆずのトビラと言うアルバムの中に、

『午前九時の独り言』という唄がある。


9





その唄の途中にこんな歌詞がある。





『あの戦争が終わり50年
 今やあたり前の様に平和な国だと思っている
 なぜあの戦争が起きてなぜあれだけの人が死んだのか
 先生その根本をもっと深く教えて下さい』





過去を振り返ると、日本史の授業で戦争が何時どこで起きたのかは習う。

しかし、それが何故起きたのかは習った記憶が無い。

何故日本は真珠湾攻撃を仕掛け、広島、長崎に原爆を落とされる最悪の結果を招いたのか?


その『何故』の部分が今の教育では置き去りにされてはいないだろうか?





先日ビートたけしの教育に関する番組があったが、その番組の中でも、


学生が主体性を持っていかなければ意味が無い・生活でこんなことに役立つなら、


それをその時に教えてくれれば数学が好きになれたのに。というようなシーンがあった。













まさにその通り‼


なぜ骨・筋を覚えなくてはならないのか?


それが分からないまま流れ作業的に授業が進んでしまう。


うちの職場で、『三年にもなって筋の起始、停止を覚えてない』というような会話が飛び交う。



私から言わせれば、









『そりゃそうだろーーーーー!』
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と思ってしまう。




学ぶことが点であり、線になっていない。




教育者が変わらなければ学生は変わるわけがない。


三年にもなって覚えてない原因は教育者にある。




『先生、その根本をもっと深く教えて下さい』






私はこの言葉を胸に抱き、今日も教壇に立つ。

2011-01-05

あけましておめでとうございます!!

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2010年もあっという間に終わり、2011年の始まりだ。


私は毎年1月2日に決まった連中と盃を交わす。
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専門学校時代の同級生とだ。

数年前ひょんなことから年始に飲むようになり、それが自然と毎年続き、

年末になると「定例会しよう」という話で連絡を取り合う。

私含め4名で飲むのだが、不思議とOTは私だけ。3名はPT。

1名は柔道整復師も取得し、今春開業する。





そんな仲間と語り合う中で、ある1人がこんな質問をした。



「今年の目標って何かある?」


正直、一瞬返答に困った…




前回のブログで触れたが、今年の目標が見つからないでいた。

しかし、その質問の数秒後目標が閃いた。

そしてこんなことを言った。



「向こう30年仕事をしていく中で、OTとして有り続けるために、

 OTの理論(作業科学・人間作業モデル)を1から勉強していく元年にしたい」




具体的な目標ではなく、達成度が測れるものではないが、

このような目標が頭を駆け抜けた。

何かの雑誌かブログで(PPがそのままダウンロードできた!)



「最低でも1つの理論やモデル,技術を習得しましょう. これが専門職としての最低ラインです.
でも作業療法と呼べるのは,3つ以上習得してからだな. その状態に満たないで,アレが良い,アレはいまいちというのは10年早い!」



という記事を見つけた。



なるほど、確かに、理論が専門職としての基盤を作る。

ICFが私の思考の基盤になったように、様々な理論を学び、

作業療法の「核」を追い求めていきたい。



それが今年の目標だ!
プロフィール

ナヴェックス

Author:ナヴェックス
長州OTナヴェックスのブログです!
大好物:ADOC・OS・CMOP-E・MOHO・OBP実践・OT教育・生活行為向上マネジメント・精神分析(夢分析)等、広く?浅く…
PT・OT養成施設等教員講習会修了者。
OTのこと以外にも色々と思いを綴っていきたいのですが、結局最後はOTに繋がるのです・・・

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