--------

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

2010-10-30

よき仲間たち③

人情


宴の席でこんな言葉が出た。


人情・・・自然に備わる人間の愛情。いつくしみ。なさけ。(広辞苑より)

この言葉を改めて聞くと、OTにピッタリのような気がしてならない。


どこか、情緒があり、人間味の溢れる、というような印象をこの言葉に抱いてしまう。


私の勝手なイメージだが、医師・看護師・PT等はどこか「管理的」な印象をもってしまう。


他の専門職には無い、こういった人間性を兼ね備えているのが

OTに求められるものなのかもしれない。


私自身に向ける言葉として、この

「人情」

という言葉を大切にしていきたい。



そんなことを思った宴であった。
スポンサーサイト

2010-10-28

よき仲間達②

そんな彼らとの宴の中で、こんな話題になった.


「PTはPT観ってのを持っているのだろうか?」



このブログをPTの方がもし見ていれば、不快に思われるかもしれない、失礼を承知の上で綴っている。PTの友人にいつか聞いてみたいと思ってはいる。



現在、OTの志願者は少子化の影響もあり激減している。

学校が多くなり過ぎたことも一因だが、定員割れの学校が多いのが現状だ。

定員の半分集まれば良い方だ、というレベルなのだ。



伝え方が悪いのだろうが、オープンキャンパスでいくらOTの良さを伝えても、

PTを志願する高校生がほとんどだ。



OTは分かりづらく、地味に見え、手先が不器用だからOTは無理という高校生も少なくない。

だからこそ自負していることは、

自分の職業OTの専門性を考え、如何に一般人に分かりやすく伝えるか

を必死で考え続けていることだ。


印象がファジーだからこそ、その核を考えているのがOTではなかろうか?



作業科学では、作業という言葉の定義を、

「その人、そしてその人の周囲の人が意味を持つ作業を初めて”作業”と呼ぶ」ことしている。

つまり、その人にとって意味がなければ、”作業”とは呼ばないのだ。

こういったことを地道に伝えていくことも、OTの役割だ。




この宴で、皆、 

「OTで良かった」

と口を揃えて言う。

同じOTとして嬉しく、誇らしく思う。



以前も述べたが、

「PTがこうだから、OTはこう」

という比較対象ではなく、

「OTは(が)こうなんだ」

と言えるようになるべきではないかと考える。

2010-10-26

よき仲間達①

CIMG3819.jpg
このメンバーは現在関東でOTをしている、偶然にも皆三年目の作業療法士だ。
以前OT観紹介シリーズで紹介した人もいる。

わたしを媒介にこの宴で初めて出会った人もおり、
縁とはすばらしいものだと感じる

いわゆる、教え子であるが、今は同士であり、よき友人である


今回の旅で、わざわざ千葉まで足を運んでくれたステキな面々だ




発達、回復期、認知症、老健と、領域は違えどOTの素晴らしさに取り憑かれ、

日々もがきながら、自分のOTを探している



彼らと話して一番に感じたことは

「皆、OTだな~」

である




話す内容、考え方、視点がOTなのだ



上手く表現しにくいが、「感覚」が同じなのである。



彼らと話すと、教え子としてしっかり成長しているなと嬉しく思う一方で、

負けられない気持ちも芽生えてくる


久々に会いたいからという短絡的な理由ではなく、刺激を受けて自分が精進したい、という思い、刺激を求めて彼らと会うのかもしれない



皆自身のOTに悩み、もがいている

だからこそ人間味に溢れ、OTだなと感じたのではなかろうか。





皆それぞれステキな人生を歩んでいる。

だから人間味があり、OT味があるのだと考える。



その②につづく・・・

2010-10-25

障害者スポーツ大会 千葉大会 開会式に思う

S1510069.jpg
この写真は、「全国障害者スポーツ大会 千葉大会」の開会式の様子だ。

S1510019.jpg
中央赤いキャラクターがマスコットキャラクター「チーバくん」



様々なパフォーマンス、知事、厚生労働大臣、皇太子の言葉等企画満載であった
S1510056.jpg




S1510047.jpg
男性と聴覚障がいがある女性のユニット「アツキヨ」のパフォーマンスには感動し、涙が出た
歌姫になることを夢見て努力し、ダンスのように手話でメッセージを伝えるというパフォーマンスだ


そして、開会式中、こんなことも思った


「何故、障害者スポーツ大会があるのか、存在するのか?」


OTとして、その自問に、自答してみた。





人間は生きていく中で、色んな環境下で色んな感情を抱き、色んな経験をしていく

楽しさ、喜び、爽快感、緊張感、悔しさ、怒りという感情に起伏を産み出すためにスポーツが存在する

また、生きがい、楽しみを持つ、生活に張りが出る、といったこともある。



そして、OTとして大事な視点を以下のように考える


・誰かから拍手喝采を浴び、そんな自分がイケてると感じられる経験
・入場行進で感じる緊張感や高揚感、自分が主役とさえ思える経験
・競技後感じる疲労感、もちろん達成感、反対に失敗体験
S1510033.jpg


等々、挙げればキリがないが、そういった誰しも生きる中で感じられる場、人として経験できる権利を、スポーツ大会が提供しているのだと考える。



我々が日々感じている、経験、体験していることを言語化していく作業がOTの役目ではなかろうかと、この開会式を通して考えた

2010-10-25

羽田空港国際線ターミナル


搭乗までに時間があり、この21日にオープンした羽田空港国際線ターミナルまで足を伸ばした

オープン直後ということもあり、旅行客というよりも空港の観光を目的とした方々が多い印象を受けた

そんな客でごった返し、江戸街?で食事どころではなかった


また落ち着いた時に家族で来たいものである


今回の旅では家族に申し訳ないくらい贅沢をさせてもらった

明日からは質素倹約しなければ

お母ちゃん、子供達、ごめんね、ごめんね~

2010-10-24

只今千葉大会視察中


現在、千葉県で開催されている第十回障害者スポーツ大会の視察に来ている

学生ボランティアの動き方を主に見ていく

写真は、フライングディスク会場の様子だ

この大会自体始めて来たが、なかなか面白い


開会式の様子や友人達との再会等、千葉珍道中を今後綴っていく


つづく・・・

2010-10-22

愛他的体験

これもヤーロムの集団治療因子の一つである。


きっと誰もが経験しているはずだ

誰かの役に立ったときに感じる、自己効力感。

病気を発症すると、これまでできていたことができなくなる。

誰かに何かを「される、してもらう」こと、つまり、生活全てが受動的となる

OTは、ここに着目すべきではなかろうか?

誰かの役に立つ。

主婦(主夫)が家事をすることは、その典型例ではなかろうか

家族のために料理をする

それは家庭内で「役割」をもつことに繋がり、自分の居場所が見つかることでもある

心身機能ばかりを高めるアプローチをするだけでなく、愛他的体験を感じられるようアプローチする視点を持つのがOTの専門性ではなかろうか?

2010-10-21

普遍的体験

”テストの結果が悪いのは私だけかな~・・・”

”えっ???あなたも?”

”私もよ!”


というような、安心感を抱いた経験を誰もがしているはずだ。


「ヤーロムの集団治療11因子」という理論がある。


上記に記したようなことを

「普遍的体験」と言う。


私はこの集団治療11因子が好きだ。

なぜなら、私がこれまでの人生で体験したことであり、

きっと誰もがこのような経験をしているはずだからだ。


この11因子の視点で精神科作業療法(集団作業療法)を捉えていくと、

OTの素晴らしさを実感できる。


よく学生が、

「精神科OT訳分かりません」

と言う。


難しく考えなくていい。

あなたがこれまで経験してきたことを

これから対象者が経験していくために

精神科OTが存在するのだと私は思う。




”あなたと同じで安心した、ホッとした”

こんな経験をする機会をOTは提供するのだ。

2010-10-20

自己の治療的利用

精神科作業療法の授業の中で、

「自己の治療的利用」というテーマの授業を2・3年生にした。


これまでも思っていたが、今回授業をすることで、

自己の治療的利用について、より深く考えることができた。


考えていく中で、

「作業療法士は自分自身が武器であり、時には凶器にもなり得る」

という言葉を思いついた。



精神科作業療法(身障も同じだが)では、自分の一言が対象者に対し治療的効果をもたらす。

人にもよるが、「これが出来てすごいね!」という一言がものすごい大きな活力となる。

こういった一言一言をOTは「意図的」に言っていく。

これがOTの専門性ではなかろうか。

逆に傷つけてしまう恐れもあるという

「凶器」を兼ね備えていることも否定は出来ない。







最近思う。

「無知」が武器になる、と。

私が学生時代の話だが、担当させていただいた60代男性(統合失調症)は園芸がお好きであった。

しかし、私は園芸に関して無知であった。

そこで私は自分を治療道具として使った。

「園芸をその方から教わる」ということを。
CRS1-0050.jpg

「熟知」は役に立つが、反対に熟知しているからこそ、

対象者のやり方についつい口を挟んでしまう恐れがある。


「OTは何でもできる!」

ただ指導的にActを教えるのがOTではない。

「対象者から教わる」こと。

これもOTの治療的介入方法だ。



「無知」を武器にする。



だからOTは「何でもできる」のである。

2010-10-18

住まい作り 進捗状況

IMG_0564.jpg

棟上から2ヶ月以上が経ち、現在の外観はこんな感じだ。

流れとしては
①屋根
②給排水関係
③遮熱シート
④電気配線
である。





そして、今、中はこんな感じだ。
IMG_0563.jpg
断熱材を吹き付けたところだ。

シャワーのように、ある液体を吹き付けることで一気にその液体が膨らみ、

発泡スチロールのようになり、固くなる。

なんとも不思議な液体だ。

今、この断熱材が主流になりつつあるようで、吹き付けることで

気密が高くなるらしい。

日曜夜8時のビフォー・アフターでよく見かける。




これから一気に内外装の工事が進んでいく。






来月下旬くらいには完成らしいがはたして間に合うか???

最近は少しずつ荷をまとめたり、捨てたりしてる。


完成は嬉しいが、引越しという大イベントが待っている・・・


2010-10-17

高所恐怖症

IMG_0540.jpg
この写真を見て、大半の方がキレイな景色と言うだろう・・・







昨日長女と2人で、とある公園(遊園地)へデートに行った。

そこに、小さく、古びた観覧車がある。

娘はこの観覧車が大好きで、公園に着くなり

「乗りたい」と言う。



私は高所恐怖症である。

女房がいればいつも女房に任せるのが、

娘のため(仕方なく)に一肌脱いだ



IMG_0537.jpg
このくらいの高さはまだ良いのだが・・・


IMG_0538.jpg
このくらいから雲行きが怪しくなってくる・・・


IMG_0539.jpg
このころには足がすくむようだ・・・


IMG_0541.jpg
こんな写真、よく撮ったと自負する・・・





高所恐怖症・・・(ウィキペディアより)
「高所恐怖症(こうしょきょうふしょう)は、恐怖症のひとつ。最も有名な恐怖症の一つである。高い所(人によって程度の差がある)に登ると、それが安全な場所であっても、下に落ちてしまうのではないかという不安がつきまとう病的な心理」

とのこと。

更に・・・

「高所恐怖症は精神科医の手助けが必要な不安障害である。厳密に言えば「単に高い場所が苦手なこと」とは異なる(こちらは正確には「高所恐怖癖」という。高い場所で本能的に危険を感じ、怖がるのは正常な反応である)。真性患者は全高1メートル弱の脚立の上でも身体が竦み、動けなくなってしまう」

と続く。




日常語として「高所恐怖症」と使うが、私のような症状は

「高所恐怖癖」と言うらしい・・・




これから娘たちが大きくなり、遊園地に行く機会も増えるだろう・・・

全般的に遊園地の乗り物嫌いな私・・・

女房に「おんぶに抱っこ」するのだろう・・・

2010-10-15

「維持」=「低下」?

IMG_0533.jpg

IMG_0535.jpg

最近魚や肉を食べるときは、決まって七輪で焼く。

1度七輪で焼いた物を食べると、非常に美味しく、

コンロ等で焼いたものが食べられなくなる。

所謂、「1度味を占めたものはやめられなくなる」である。


ここ数回七輪で焼いたホッケを食べたが、最初に七輪で焼いて食べた時の

感動が徐々に薄れている。

次は、少し高級なホッケを、備長炭で、等、欲が出てきたのである。


人間、同じ状態がずっと続くと、それでは足りなくなってくる。

次へ次へと、高次の欲求が働く。


それと、目標設定も同じではなかろうかと、ふと思う。

よく、

「身体機能”維持”」

という言葉を耳にする。


かの有名な大川弥生は、維持=低下なんだというニュアンスの表現をしている。

特に高齢者は年齢という、どうしても打ち負かせない敵がいる。

そういう方に対し、「○○の維持」では、低下することと一緒ではなかろうか?



「○○向上、獲得」といった目標を設定すべきではないかと、

ホッケを焼きながら(つまみ食いしながら・・・)思った・・・

2010-10-14

体調不良に思う

久々の更新だ。
ここ数日体調を崩し、ブログどころではなかった・・・

人生初?というくらい、5分~10分間隔で「下痢」の波が押し寄せる…

数年前ノロウィルスでやられたが、それ以上にきつかった。

「(意思とは関係なく出たが…)もういっぱい出したやん」と

心の中でツィッター(泪)



こういう時に、「健康」のありがたさを痛感する

体調が優れなければ、全てが自分中心(ひとり)となる。

娘と遊ぼう、洗濯物を畳もう等という、意識が働かなくなる。

とにかく1人で、横になっていたいという欲しかなくなる。


マズローの自己実現理論の第1段階で生理的欲求の段階がある。

食欲、睡眠欲等の生理的欲求が充足することで、高次の欲求(安心・安全)を満たそうという欲が働く。

「食べたい時に食べたい物を食べる、寝たい時に寝る、出したい時に出す」

といった自分の意思でその「欲求」を満たすことの有難み、大切さをこの

数日で改めて学んだ。

2010-10-07

「作業」って何だろう 作業科学入門

今日のタイトルは県立広島大学保健福祉学部作業療法学科教授 

吉川ひろみさんの著書のタイトルである。

この本の中で、彼女はこう述べている。




「作業療法士は、作業が大事なものだと信じています。

人は誰でも作業をする力があると信じています。

そして環境を重視し、人と環境と作業に対する

見方を広げています」
 



まだまだ広まってはいないだろうが、少しずつ根を広げているであろう、

「作業科学」という学問(理論)がある。

私はまだまだ勉強し始めたばかりで、作業科学の何も分かってはいないが、

この著書を読んで、震え上がるものがあった。

”これが作業療法の真髄だ!”と心を揺すぶられた。




来る12月11日・12日、沖縄で開催される、

第14回作業科学セミナーという研修に行く。

何があろうと、この研修だけは行きたかった研修だ。

どんな体験をするのか、今から楽しみでならない。








冒頭に挙げた言葉・・・

私はOTとして、どんな素敵な詩よりも感銘を受けた。

この言葉を読まれている方がいたとしたら、この言葉を読んでどう感じましたか?

2010-10-06

アメリカ珍道中⑨ アメリカで3本の指に入る動物園の巻

S1460052.jpg
クレイトン大学訪問最終日の午前、アメリカで3本の指に入るくらい大きい
「オマハ動物園」に遊びに行った

S1460050.jpg
入館前に記念撮影!


中は本当に広く、3時間では回りきれないくらいであった


S1460060.jpg
遠目から見ると真っ黒だが、実は世界地図であったこれ!(名前何て言うんだ???)






色んな動物たちに出会った


S1470036.jpg
かわいいペンギン



S1470006.jpg
元気なクマ(正式には○○クマ・・・正式名称を忘れた・・・)




S1470010.jpg
どっしり構えるゴリラ



S1470007.jpg
やる気の無いトラ




娘にパンダのぬいぐるみをお土産として購入した
(そういえばこの動物園、パンダいなかったなあ・・・)



歩き疲れたが、何とも癒される有意義な時間であった

2010-10-05

魔女の宅急便に想う①

魔女宅

この絵を見て懐かしく感じる方も多いだろう。

ほとんどの方が知っていると思われる『魔女の宅急便』だ。

スタジオジブリ制作で、1989年7月29日から東映系で公開された。

原作は角野栄子の児童書『魔女の宅急便(第1巻)』。

監督は超有名な宮崎駿である。


元来ジブリ作品が好きであった私は、子供にジブリ作品を見せたいと

常々思っていた。

4歳の長女が2歳くらいの時にDVDを購入し、それ以来見せている。

車にDVDを置いており、娘もこの作品を気に入り、よく観たがる。

それに伴って、私も既に何十回と観ている。



この作品は私が小5くらいの作品であり、DVDを購入するまで数回は観ていた。

その時は何も考えず、面白くてただ見ていただけであったが、

今、この年齢で見ると、また違って見えてくる。


キキが成長していく過程で、OTに通ずる考え方や物事の捉え方が見えてきたのだ。

それを数回に分けて考察していこうと思う。





キキが修行に出た翌日、ある港町に辿り着いた(この街で修行することになるのだが)

掟で、この街で先に他の魔女が修行をしていると、

同じ街では修行をしてはいけないことになっている。




街に着いてすぐに、黒猫のジジとこういうやりとりがあった。


黒猫のジジ:「もうこの街で他の魔女が修行しているかもよ


キキ: いないかもしれないわ


キキの、この返答が絶妙で素晴らしいと私は思う。

簡単に言えばポジティブ思考であり、

小難しく言えば認知行動療法に通ずるものであると私は考える。

物事を、ネガティブに、そして1つの方向だけで考えるのではない。

物事の捉え方を変えるだけで、色んな可能性が広がってくる。

先ほどのやりとりで、ジジの発言に洗脳されて別の街に行っていたら、

トンボやオソノさん達との出会いは無かった。


認知行動療法はうつ病の方に対する治療として有効である。

それまで自分を苦しめていた事に対する「捉え方・価値観」を変換させる

ことが目的である。



私自身ネガティブシンキングであるため、羨望という意味で

キキのこのような発言に注目したのかもしれない。




この映画で、こういったことを考えるとは思っても見なかった。

飽きずに、何回も観せて観せてとせがんだ娘に感謝である。

2010-10-04

OT教育

教員になって1年半。

日々苦悩しながら過ごしている。

そんな私が教員になったのは、「OT教育を変えたい」からである。

OT教育は、解剖学・生理学・運動学を基礎理論とし、その後評価法、治療学へと展開していく。

臨床現場にいるときからだが、私はこの教育に疑問を感じている。

教育というよりも、履修していく順番である。

1年次、「何のために」覚えていくのか分からず、ひたすら骨・筋・起始、停止を覚える。

治療学をする3年生になると、そのほとんどを忘れている。




私の勉強不足なのかもしれないが、簡単に言えば・・・


「ICIDHからICFへと障害構造が変わっているにも関わらず、

教育はICIDHのままであることに疑問を感じる」

ことである。

言い方を変えれば、ボトムアップ教育がOT誕生40年以上変わっていないのである。


私の持論は、「まず専門の理論(作業科学・人間作業モデル・COPM・治療構造論等)から始める。

そして治療学へと展開し、そして、評価学、解剖学等の基礎科目という流れで教育を

展開してはどうか?」

である。


何のために覚えるのか分からない解剖学等を先にしても結局は忘れ、意味が無いのでは?

と思ってしまう。

実践したわけでもなく、何の根拠も無いが、そう考える。




評価といえば?

「ROM・MMT!!」




かもしれないが、

「じゃあ、何のためにROM・MMTをするの?」

その「何のため」

つまり、「目的」を理解していない学生を臨床現場時代から多く見てきている。











1950年代、OTは「基底還元主義」にもがき、OTのアイデンティティを失いかけ、

苦しんだという歴史がある。

今のこの教育は、基底還元主義そのものである。

PTと同じようなスタート(解剖学は1年次、OT・PT合同)ではダメだ。

OTはOT独自の教育を進めていくべきだ。






私の夢は・・・

「日本の、世界のOT教育を変える」

ことである。

2010-10-02

アメリカ珍道中⑧ Home Dinner リンダ宅訪問

2日目の夜は、3名ずつの4グループに分かれてOT・PTの教授宅でのDinnerに招かれた


S1460034.jpg
訪問したのは、作業療法学科のリンダ先生宅だ
発達分野の先生だ


S1460033.jpg
愛犬マックスも歓迎してくれた




そして、リンダ先生のご主人
S1460038.jpg
マイクさん。

なんとも陽気なおじさんで私たちを和ませてくれた




言葉はあまり通じなかったが、単語とボディランゲージと愛嬌と必殺電子辞書(笑)で、心が通じ合うことが出来た

こういう一期一会の出会いに感謝すると共に、英語を話せない虚しさ、悔しさを感じた
せっかく出逢うことができたのに・・・と思ってしまう




と、悲しいことばかり言っても仕方がない。

最後に全員で記念撮影
S1460035.jpg
紹介し遅れたが、後方の女性はPT学生のリンジーさん。

いやいや、ものすごいキレイな方だった
それは置いといて・・・



ステキな出会いと一時に感謝感謝




つづく・・・
プロフィール

ナヴェックス

Author:ナヴェックス
長州OTナヴェックスのブログです!
大好物:ADOC・OS・CMOP-E・MOHO・OBP実践・OT教育・生活行為向上マネジメント・精神分析(夢分析)等、広く?浅く…
PT・OT養成施設等教員講習会修了者。
OTのこと以外にも色々と思いを綴っていきたいのですが、結局最後はOTに繋がるのです・・・

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
FC2カウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
フリーエリア
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。