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2010-08-31

待つ

数年前、東京の専門学校でバイザー会議出席後、

実習で知り合った面々と飲んでいた時

こういう言葉を思い浮かんだ






「OTは待つんだ」




徒手的に何かをしたり、

Activityの手順を教えたり、手伝ったり、

直接介助をすることが、

自身の職種へのアイデンティティを実感することに繋がる、

こともある。

手を出すことで”仕事”をしている気になる。






しかし、時にそれは「できる能力」を奪うことに繋がる。

時間が無いから、しんどそうだから、遅くてイライラするから、

という理由で、

先に手を(介助)出してしまう。






OTは、 「意図的に待つ」ことがアプローチの1つであると私は考える。




「何突っ立ってんの?」

と言われた時に、

その「突っ立っている」理由を

説明することができる。


これがまた1つ、OTの専門性ではなかろうか。





目の前にいる方の「できる能力」を奪っている人はいませんか?
(私自身に言い聞かせています・・・)







追伸:「待つ」という言葉を産み出させてくれた皆、あの時はありがとう!!


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2010-08-30

24時間テレビに思う

はるな愛
はるな愛の感動的ゴールで無事終わった24時間テレビ。

最近はいろんな企画を見るたびに涙を流す。

小児がんで亡くなられた方の話、ドラマ(絵手紙)、トライアスロン、大合奏等々、

今年も色んな企画があった。





どの企画にも共通している「モノ」がある。





それは・・・






何か「作業活動」をしていることだ。






マラソンという作業

ポスター作りという作業

絵手紙という作業

トライアスロンという作業

楽器を演奏するという作業





どれもが「作業」をし、それを達成することで

感動を味わっている。涙を流している。

仲間と感動を共有している。




何か「作業」をしなければ

感動を味わうことは出来ない。





この24時間テレビを見るだけで

「作業」することの素晴らしさが理解できるはずである。







OTの専門性って、

この24時間テレビで語れるんじゃないかと昨日から思い始めた。






今度、授業やオープンキャンパスで

24時間テレビを例にOTを語ってみようと思う。

2010-08-29

S 1級建築士との出会い

IMG_0297.jpg


IMG_0298.jpg


屋根の下地が敷かれ、もうすぐ屋根が完成する。

そうなると、サッシを設置し、工事は急ピッチに完成へと向かっていくそうだ。

毎日仕事帰りに見に行く。

休みの日は、1日中この場にいたくなる。

IMG_0300.jpg
IMG_0299.jpg



この家は、Sさんという1級建築士に設計をお願いした。

この方は必ず毎日3回ブログを更新されている。

ものすごい頭の良い方だ。

Sさんの影響もあって、ブログを始めた。

毎日、いろんなことを感じ、考えている印象を受けたからだ。



「建築とOT」

と、畑は違えど、同じ人間として、一人の男として、仕事人として、とても尊敬する。

様々な感覚や、考えを学ばせていただいている。


OTという狭い範囲ではなく、色んな職種というか、色んな人と話し、

その生き方や考え方に触れることが、きっと自分の肥やしになる。



なかなかそんな機会が無い方にお勧めするのは、バーに行ってカウンターに座り、

マスターと話をすることだ!!

バーに行った時は、必ずカウンター席に私は座る。

2010-08-29

学生時代 「普遍的体験」

ヤーロムの集団治療11因子に、

「普遍的体験」がある。

簡単にいえば「自分だけではない」という体験をすることだ。

誰もがさまざまな場面でこういった経験をしているはずだ。



学生時代、2期長期実習で、OTの専門性に悩み、自分がOTに向いているのかを悩んでいた。

それをスーパーバイザーに相談すると…



「私だって向いてるか分からんよ」
と軽ーーーーく、一言。







”えーーーーーーーーーそうなの?????????”


と、思ったものだった。







15年目くらいのベテランOTで、県士会で理事をされているような方が、そう言われる。


その一言で、私は何か肩の荷が降りたと言うか、何かから解き放たれた感覚がした。


その一言を、「自分だけ」ではなく、”誰もが”専門職のアイデンティティに悩むのだというふうに捉えた。

向いている、向いていないではなく、自分がその方に何ができるのかを考える「姿勢」が大切であるのだと、

そのスーパーバイザーから学べた。

「普遍的体験」

欧米人に比し、集団主義であると言われる日本人。

集団を利用して、この「普遍的体験」を意図的に仕組む。



OTって奥深いんだなぁ…



2010-08-28

学生時代 長期実習にて

感情を揺さぶる要因とは何なのだろう・・・

私は、学生時代の4年生まで、何かに感動して涙を流すことが全く無かった。

しかし、1期長期実習で高知県の精神科病院へ行った後に、感動して涙を流すことが多くなった。

現在、感動的なドラマやドキュメンタリー等を見ると涙が自然と出てくる。



実習では、悔し涙をよく流したものだ。

「男のくせに」と言われるだろうが、思うようにいかない自分が歯痒くて泣いたものだ。


また、一生忘れることは無いであろう出来事があった。

音楽療法のグループリーダー経験後に、スタッフ全員と私計5名で振り返りの時間が設けられた。

その場で、ベテランOTが私に色々と質問してこられ、私が目を潤ませながら上手く答えられずにいると、

当時OT4年目のスーパーバイザーが突然泣き出された。

「ナヴェックス君、頑張ったのにね・・・」

その後、同じ4年目の方2名も泣き出した。

私も含め、4名が一斉に泣き出したのだ。

何故あの時、ああなったのかは分からない。


今でも不思議に思う。


スーパーバイザーの先生方はこのことを覚えているだろうか?

私からすれば、それは「成功体験」である。

私のために泣いてくれたかは分からないが、私はそう受け取った。

「感動体験」とも言えるかもしれない。

そういった経験をしたからこそ、何かに感動できるようになったのではなかろうか。

「感性・感受性」というものなのだろうか。

それをあの実習で揺さぶられたのは間違いない。




ある意味自分の原点である、高知県の病院の先生方に会いたくなってきた。

近々行ってみようかな~。





2010-08-27

最近思うこと…


ほんの少し前までは、PTをOTの比較対象として見ていた。

OTがPTよりも優れている点、劣っている点という視点で、OTを捉えていた。





最近思う…




OTとPTって全くの別物ではないかと…





比較するから、優劣を付けるから、

OTの魅力に気付いてもらえなかったり、OTの分かりづらさに繋がっているのではないか…





明確な答えは今のところない。

今後、「別物」という視点で考えていきたい。



皆さんはどう思われますか?



2010-08-24

環境の「仕掛け」


とある日、愛車コペンで街を走っていると・・・











二番うどん1
ん?何だ?









二番うどん
うどん・そば?











二番うどん②

日本で2番目に美味しい???






どういう意味なんだ?

謙遜しているのか?

いや、日本で2番だから自意識過剰なのか?

いやいや、1番は家族・恋人が作るうどんとそばよ!
なんて言いたいのか?




真意は何なのだろう?









と、私は思った・・・

あれが「1番」ならまだしも、「2番」というのがポイントだ。

2番だから目が行き、そしてあれこれ考える。

その真意と味を確かめたくて入りたくなる。


この看板という「環境」が私の「意志」を働かせ、動かせた。






ちょっとした「仕掛け」が意志を動かす。

この辺りをOTは追求していくのも面白いのかもしれない。

2010-08-23

心のコンディション

私には4歳になる娘がいるが、最近怒ることが多い。

ご飯は集中して食べない、言うことは聞かない等々、理由は様々だ。

正直、苛々して感情で怒ることもある。

今日、いつもと同じように娘はご飯をなかなか食べず、言うことを聞かなかった。

しかし、最近になく、苛々せず穏やかにいる自分がいた。



なぜだろう?



しばらく考えていると・・・



今日職場の会議で、常日頃から言いたかったことを発言でき、議論を交わせたことを思い出した。

言えたことで心が浄化されたのだろう。



日頃のストレスを、娘に怒るという形で発散していたのではないか・・・

その発散は、本当の発散ではなく、場当たり的なものだったのだ。



常日頃の「心のコンディション」

綺麗に磨いていかねばならぬと、改めて心に誓った日であった・・・




2010-08-22

昔に戻りたい?

先日帰省した時、友人が
「20代の頃に戻りたい」
と言っていた。

今の現状(仕事量、景気、その他)が厳しいのだろうか。

稀に、このような類の言葉を聞く。
「高校の頃が良かった、大学時に戻りたい」



私は全くもって、こんなことは思わない。



今の生活や自身の生き方や価値観や物事の捉え方・考え方が
10年前よりも確実に進歩・成長していると実感しているからだ。

昨日NHKのトップランナーという番組で福山雅治が出ていた。
福山
龍馬伝を毎週見ているうちに大好きになり、今、モノマネの練習中だ。
今後、福山雅治の「生き方・考え方」を知りたいと思った。
何か本出してないかなあ・・・

そんなことはどうでも良いが、そんな彼が、

「あなたにとってのゴールは何ですか?」
という質問に、こう答えていた。


「自分が死ぬ時か、自分に飽きた時」


「自分に飽きた時」という表現が何とも新鮮だった。

やはり、彼はアーティストだ。常日頃から色んな言葉・表現を考えているからこそ
こんな言葉が出てくる。

そして、彼は「昔に戻りたいなんて思わない」というようなことも言っていた。
私はこれにかなり同感した。常に先を見据えて物事を考えている姿勢に共感できたのだ。



自分に飽きないよう、目標や夢や、したいこと、すべきことを考え続けていきたい、
そう思った。



2010-08-21

環境の「仕掛け」

男性トイレでは最近こういうのを見かける。

トイレ的①









ズームイン!!








トイレ的②

このような「的」がある。

種類によっては色の変わるものもある。





尿を散らさず、トイレを美しく使おうというというモノだ。








これは、すばらしい「仕掛け」である。









何もなければ排泄動作は生理的現象だけで終わってしまう。









しかし、


この的があることで、的に当てようという「意志」が働く。




一気にモチベーションが高まる。



きっと皆当てようとしているはずである。







こういった何気ない環境の「仕掛け」が、動機付けとなる。








言葉や、徒手的なことだけではなく、


こういう「仕掛け」を考え、その方の意志に働きかけるのも

OTの専門性であるように考える。

2010-08-20

海外進出!

9月6日から8日間、アメリカに行くことになっている。





学生海外研修の引率だ・・・





英語が全く喋れない私にとっては地獄へ行くようなものだ。





今必死で英語の勉強をしている。




その方法はこれだ!












画像

毎日コツコツとやっているお陰か、徐々に聞き取れるようになってきた。




今は娘とDSの奪い合いだ・・・
娘は「アンパンマンあいうえお教室」 
をやりたがる。







娘の方が大人であり、私にDSを譲ってくれる。








そんな娘のためにも勉強頑張るぞ!!!

2010-08-19

私のOT観

今回で、とりあえず「私のOT観」シリーズを終える。

これまで、いわゆる私の教え子のOT観を掲載させていただいた。

皆教えてくれてありがとう!





最終回の今回は管理人本人のOT観を語らせていただく。



最後までお付き合い下さいますようお願いいたします。













恥ずかしながら、私のOT観は…











「人に囲まれながら生き、囲まれながら死ぬ」








である。













これは私の人生観でもある。



「OT観=人生観」というのが私のスタンスだ。



学生には常々、



「自分の人生・生き方を考えない者に、対象者の今後の人生・生き方を考える資格は無い」

と言っている。



最近、DVや孤独死等が取り沙汰されている。



私自身、まだ「死」というものをリアルに捉えていないが、



人に囲まれながら死んでいきたいと思っている。









この「囲まれる」という意味は、



「必要とされる、役割がある」という意味でもある。



“誰かに必要とされ、誰かの役に立つ、役割を持つこと”


私は、対象者のこの部分を常に考えていくことがOTの役割であると考え、



私自身の人生がこうでありたいと願っている。



マズローの自己実現理論で言えば、承認・所属の欲求を満たすことであり、



それらを満たすことで自己実現へと向かっていく。









OT観というものは、それぞれが持っており、それは多種多様であろう。



それぞれの個人・環境因子が違うわけだから、OT観も必然と違ってくる。











今回、仲間に「OT観って何?」という質問をした理由が2つある。



1つは、純粋に彼らのOT観を知りたかった、ということ。



もう1つは、



「お前たち、常日頃からOTって何か考えながら仕事してるか?」というメッセージ。



つまり、



考えるきっかけ、刺激を提供したかったのだ(提供したと表現すると上から目線のようで申し訳ないが…)。









私はOT歴10年だが、今、この10年を後悔している。





先のことを何も考えていない期間が多すぎた。





今、この10年を取り戻そうとしている。







私はOTが好きだ。





あと30年、この大好きなOTで在り続けるために、今もがいている。











これから生きていく中でOT観も変わっていくだろう。





今のOT観のままでは成長がないと思っている。





毎日というわけではないが、これからもOT観を考え続けていきたい。



それが自分の人生観を考え続けることにもなると思うので…

2010-08-18

関東在住 S OTRのOT観からの考察

彼女のコメントで




『○○さんは○○ができるじゃないか!!』



とある。




OTとして、いや、セラピストとして、いやいや人として、

その方の肯定的側面をしっかり評価した上で目標・プログラム立案へと

繋げていくことは当たり前である。

もちろん否定的側面もしっかり捉えてアプローチすることも重要だ







ただ、長期実習後の報告会で、いわゆる「問題点」は挙げて、そこに対するアプローチは

皆考えるのだが、肯定的側面を引き伸ばすアプローチをしていない。一応個人因子の評価は

しているのだが、ただ、しているだけで終わっている。

レジュメにすら挙がっていない学生もいる。


学生何してんの?というよりも・・・








「指導者何やってんだーーーーー!」







と言いたくなるくらいだ・・・






ICIDHからICFへと変わり早10年。







未だにIDHの概念から切り替わっていないのではないかとさえ、思ってしまう・・・









OTが機能訓練「ばかり」してどうすんの?とも言いたくなる。

こんなこと続けてちゃ、OTの専門性なんて消えてしまう。

もっともっと”トップダウン”で考えられないものか!?








Sさんがコメントした、

『○○さんは○○ができるじゃないか!!』

これまでの「OT観」シリーズで紹介した仲間は、皆この意識を持っている。

この意識を持っているからこそ、「OT観」を考えられる。

彼らがいる限り、OTの灯火は消えないと思っている。

皆素晴らしいOTだ!










次回、とりあえず「OT観」シリーズ最終回。









私の「OT観」を語りたい。

つづく・・・





2010-08-17

関東在住 S OTRのOT観①

今回は2回に分けて綴る。

Sさんとは、残暑厳しい9月から2ヶ月間共にした。


実習が終わり、空港へ向かう前に私の所へ来てくれたが、その時に大号泣であった。

人目もはばからず、だ。

指導者として何とも喜ばしい、記憶に残る学生の1人だ。

よく気が利き、年賀状や手紙を定期的にくれる、人間味のある人だ。

そんなSさんのOT観は以下の通りだ。






『OTはその方の様々な可能性を見いだすことができる人』という答えにたどり着きました。



唯一、その方の味方になれ、他職種が『○○さんて○○なんだから!!』と腹を立てようともOTは


『○○さんは○○ができるじゃないか!!』と捉えられる。



可動域とか筋力がどうとか、難しいことを言わずに(勿論、理論立てて評価・アプローチができなければいけませんが…)『その方(患者さんや利用者さんのみならず)』に対しての着目点を変えて、その方を見て接してアプローチする。



様々な物や環境をうまく使って、発想を転換してアプローチする。そして何より、PTよりも治療方法は無限大だと思ってます(道具・環境の組み合わせによって数え切れない程の使い方ができる)。




そして、OTにはユーモア・柔軟性のある頭・ちょっとした気遣いと常識ある行動ができる、センス が必要なのではないかと思います、というか、3年目で偉そうに言いますがそういう人がOTであったら嬉しいかな。



そしてそして、私は『1回利用者さんと接するにつき1笑い』を目標にいつも利用者さんをリハしたり接したりしてます。





『笑い』は大切だと思ってます!



以上がSさんのOT観だ。次回、SさんのOT観に私なりの考察を加える。

つづく・・・

2010-08-16

リハビリの結果と責任



今日は、ぜひ読んで欲しい本を紹介する。


リハビリの結果と責任






現在のOT、PTに対する批判と激励、両方のメッセージがあると私は受け取った。






著者は事故で頭部外傷になった方だ。





何度も病院を転院し、そこで何人ものOT、PTと出会った。





痛みに耐えれば身体が動くと信じ、機能訓練を受け続けていた。




本の中に「障害の受容」という言葉が出てくる。




それは機能訓練を「受け」続けたからではなく、少しずつではあるが、「活動」ができるようになったからである。




受容により、この本を書いたり、海外旅行に行ったりと、人生が変わった。





自戒する意味でもOTの方はぜひ読んで欲しい。

2010-08-15

どうでもいい話



今は盆休み。
実家が日本海側にあり、今日は海水浴





家族連れ、カップル、様々な人達が楽しんでいた





そんな中、何か怪しげなカップルが





防水カメラなのだろう海に入り、彼氏が、彼女の写真を何枚も撮っている
何枚もだ




彼女もその気で顔をつくっている。





海から上がったと思ったら、砂浜に寝そべったりして彼女がポーズを決めて、また何枚も撮っている




周りに人がたくさんいる中でだ。





「あんたら写真集でも出すのか 」とツッコミたくなるほど、浮きだって目に余るカップルだった。





そうなると海水浴どころではない。
今度は何をするのか気になって仕方がない





終いには彼女が1人で写メを撮っていた





OT的に、「2人の世界に閉じこもり、外界を意識していない」等と考えたが、考えるのがめんどくさくなってきてやめた






本当に、「どうでもいい話」でしょ?
失礼しました

2010-08-14

同窓会

先日、中学時の同窓会が開催された。
中学時と言っても、保育園から中学校まで同じメンバーである。
海と山に囲まれた田舎で育ち、自然と共に皆育ってきた。


今は皆それぞれの土地で、それぞれの人生を送っている。





弁護士を目指して大学院に通っている人、警察官、看護師、マッサージ師、2人目を妊娠中の人等、様々な環境でそれぞれの価値観の中で一人一人がステキな人生を送っている。





恩師も数名来て下さった。
20年弱前にお世話になった先生方だ。




白髪が増え、ややメタボっぽい先生もいたが、皆元気そうであった。





そんな友人や先生と色々語ることが出来た。
どうしても昔話に花が咲きそうだが、それだけはしたくなかった。
皆が、今をどのように、どのような考えで生きているのか?を知りたかったし、考えたかった。




同級生だからこその話ができる。これからをどう生きていくのか。皆同じ所で悩んでいたりする。





酔った勢いで、声高らかに、「来年、母校で先生方に授業してもらおう!」と言っていた。




学生時代に戻り、人生について授業してほしいと思ったのだ。





そんなことをするって、何か、良くない?

2010-08-13

スタンス

ブログを始めて2週間くらいが経つ



3日坊主な私が、こんなに続くのは稀なことだ




この2週間で変わったことがある。
それは、常に何かを考えているということだ。





何か良いネタはないかと探し、見つけたらそれについて考える、文章を作成する。





決して自慢ではないが、25歳までは何も考えていなかったように思う





今を生きることしか考えておらず、先のことなんか考えてなかった。






その反省からか、反動からか、今「考えること」に執着しているのかもしれない







とりあえず定年まで、自分がOTとして何ができるのか、何を後世に残せるのかを常に考え続けたい。






どういう「スタンス」でいくのかを模索している、今日この頃である。

2010-08-12

東北在住M OTRのOT観

M君とは夏場の長期実習で共にした。

佐々木蔵之介にそっくりで、「よく言われます」とのことであった。
「アニキ」的な感じで、好青年だ。




そんな彼のOT観は以下の通りだ。






「「OTって『これだっ』っていう答えはなくて、考え方によっては何通りも答えがあるということ」ですかね。
自分はRになってから二年間老年期、現在精神科を勉強してますが、例えばアプローチが三通りあったとして、一つ目が対象者にとって+10の効果、二つ目が+15の効果、三つ目が+3の効果だったとしたら、差はあれど何らかの形で対象者にはプラスになる。
実際、マイナスとなるアプローチもあるけど、そのアプローチが対象者にとって効果大なのか小なのか、効果を自分の目で確認出来るか出来ないかは別ですが、数あるアプローチの中で最良のものを考え、実行することが大切であり、また今の自分の課題でもあります


彼は私の大好きな精神科領域で奮闘中だ。




私はこの精神科領域の介入が、OTとして基本であるように考えている。
精神科領域の授業で面接、観察技法をするが、これら基本技能を身につけることが、全てのベースであると考える。






ヤーロムの集団治療因子がある。
月並みな表現だが、これらを体感していくことが人生の質を確実に向上させる。







効果が目に見えて分かりづらい精神科領域で、M君が表現した、効果が+15か3かは、その方の受け取り方によって変わってくる。こちらが15と思っても、対象者は3としか認知しないかもしれない。






その差を埋めていく作業をすることがOTには求められるのではなかろうか。

2010-08-11

ポエム

かの有名な山根寛さんが、作業療法の詩というのを世に出している。





私も、学生へのフィードバックの言葉を書いた後、こんな詩を思いついた






「動かない手足ばかり見てちゃ下を向くことになる。
下ばかり見てちゃ綺麗な景色は見られない。

上を向けば綺麗な景色が見られる。
綺麗な景色を見れば、心が動き、身体も動く。

そして、また見たいと更に心が動き、明日が来るのを待つ。

明日があること、明日があることに希望を抱くこと

目の前にいる人が、明日を生きる希望を抱くようサポートする

それがOTだ」







な~んて





自己満足です
プロフィール

ナヴェックス

Author:ナヴェックス
長州OTナヴェックスのブログです!
大好物:ADOC・OS・CMOP-E・MOHO・OBP実践・OT教育・生活行為向上マネジメント・精神分析(夢分析)等、広く?浅く…
PT・OT養成施設等教員講習会修了者。
OTのこと以外にも色々と思いを綴っていきたいのですが、結局最後はOTに繋がるのです・・・

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